いろいろなんでも


by ikeday1
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教育崩壊

我が国の教育崩壊が叫ばれて久しい。少々古いデータとなるが、OECDの学力国際比較(2003)によると、15歳の生徒の数学的リテラシーは1位だったのが6位に低下、読解力は8位から14位に低下している。学力の低下は我が国の将来に、非常な憂慮を感じさせる現象である。というのも、韓国、中国といった特定アジア国の学力が既に我が国の平均学力を上回っていると思われるからだ。生徒の学力の違いは、将来あらゆる部分での国際競争力の優劣となって現れる。つまり、我が国がいくら頑張っても特定アジア国にあらゆる場面で太刀打ちできないという状況ができるわけだ。政治、外交、産業、経済、軍事と言った面で、彼らにかなわない状況がどんな将来を生み出すかは容易に想像することができる。我が国が培ってきた文化は全て否定され、経済的には全ての収入/技術が巻き上げられる。中国や韓国をご主人様と呼び、日本人は奴隷としての地位が保証される。こんな死んだほうがよい状況が生み出されることは間違いなさそうだ。

そして、こういった教育崩壊の状況を生み出したのは、「ゆとり教育」であるらしい。つまり、ゆとり教育とは、過酷な受験戦争を忌諱した結果、「学力よりも大切な事があるんじゃないか」という考えのもと、学習内容の削減や週5日制を導入したものである。なんだかんだ言っても、生徒達に勉強させる時間を削減してしまったのだ。我が国の生徒の学力が減少することは何の不思議なこともない当然の結果である。しかし、ゆとり教育構想をもたらした原因はなんなのか?それは日教組が長期にわたり推進してきた過度な平等教育にある。

教育の現場では優れている者を優れているといって特別扱いしてはならないそうだ。「公立の学校には優れている者だけを特別のクラスに分けて、一歩進んだ授業を行なうことは平等に反するとして行なわない。」や「徒競走の授業で足の速い者は何メートルかスタート位置を後ろにずらして、全員が一緒にゴールできるようなルールを作る。」など、やっていることは傍若無人であり、生徒の競争心をあおることは不平等を生み出すとして否定されている。こういうやり方を何十年も提唱し続けたのが日教組だ。今では日教組の教育を受けた親たちが、平等を口々に上らせ、教師たちを追い詰めている。中には盗撮や痴漢といった破廉恥教師を数多く生み出す結果になった。更には日教組の教育を受けた官僚たちが文部科学省で教育の采配を振るっている。日教組の教育方針こそが「ゆとり教育」などという愚劣な国家施策を生み出したといっても過言ではない。

我が国が今後とも生存し、その平和と繁栄を継続するためには、教育の改革が必須である。それも、厳しい教育を行わなければならない。生徒たちに「ゆとり」などを与えてはならないし、「子供に人権」などという大げさな言葉を使って怠けることを覚えさせてはいけない。体罰だってそこそこ良いだろう。日本人には勤勉で誠実であるという特質があるはずだ。今の子供たちに、このような資質がまったく無くなってしまったということもないだろう。この気質を伸ばすことが必要である。これには、今勉強しなければ「将来はどうにもならない」という危機感を与えることが必要である。更には、優れた者にはそれなりの報酬を与える社会も必要である。小泉首相は「格差があるのは悪いことばかりではない」との発言をしたそうだが、まったくその通りで、成功者の所得を巻き上げて、能力の低いものに満遍なく配るやり方は、ソ連をはじめとする「共産主義の失敗」を見ても分かるように、社会の勢いをそぐばかりとなる。

日教組の長年の努力の甲斐あって、我が国の教育は崩壊し、特定アジア国にとって見れば恰好の機会が訪れようとしている。そもそも、日教組も我が国の国力を落とし、中国にひれ伏させるために取った長期構想だろうが、このまま凋落してしまうのはとても悔しい。もう既に遅いのかもしれないが、教育を何とかしなければならない。
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by ikeday1 | 2006-02-15 18:32 | 日頃の思い